その日の教室は少しざわついていた。

6年1組に転校生がやってくるらしい。もう始業式も終わってこれからっていうときにやってくる転校生。よく漫画とかでやってくる季節はずれの転校生とかそんなんじゃないらしい。

どんな人が来るんだろうね、私その人知ってるよ、髪の色めっちゃ緑だった、いろんな声が聞こえてくる。その情報が確かなのか不確かなのかは分からないか、俺もいろんな声の一人であった。

「ねえねえ、転校生だって~!!六年生になってくるってちょっとワケアリの匂いがするぜ...!!!」

「人にはいろんな事情があるので、まだ会ってもいない人のことを悪く言うのはよろしくないですよ」

適当に転校生の話題を振ると、即座に敬矢が注意をしてきた。

洋一の机にもたれている俺、洋一の前の席の敬矢、洋一の机にひじをついている真尋、ニヤニヤと笑う洋一。

「何がそんなに面白いの~?」

ニヤニヤした顔に少し疑問を抱いたのか真尋が聞いた。

「いや、なんでもない。でも転校生が可愛い女の子やったらええな~って」

「下心ありすぎるし、キモイねぇ」

「なんやと」

洋一の純粋な下心を、辛辣な言葉で返す真尋。

俺も洋一みたいなことを考えていなかったわけではないので、俺まで蔑まれた気分だ。


そんな話をしているうちに予鈴が鳴り、皆席に着いた。

朝の会の最後、先生の話。待ちに待った転校生の紹介が始まった。


「俺は花園琉輝。宜しくお願いしますね」

丁寧でゆっくりで優しいしゃべり方。にこりと微笑んだ顔がとてもかわいらしい。

珍しい髪の色(俺がいえたことではないけれど)に、甘いマスクは教室中をわっとかき立てた。いろんな質問が飛び交うが、先生はそれを沈め休み時間に聞くよう促した。

転校生が来たら、ほかに気になるのが座る席。当たり前のように、俺の席のとなりには誰もいない机といすが準備してあった。

「席あそこな、オレンジの髪の夕緋の隣」

先生はこちらに目を向けて「仲良くしろよ」みたいな合図をウィンクで送ってきた。

すると、るきくんはこちらへ向かって来て、背負っていたランドセルを机に下ろし、一息ついた。

「よろしくね、夕緋」

「うん、よろしく」

るきくんはまた微笑んだ。

馴れ馴れしくも彼はしょっぱなから呼び捨てをしてきた。俺は別にかまわないが、人を選びそうな性格をしているな。

そんな考察もまた不確か、これから仲良くできてからるきくんのこと知れるといいな。

期待が大きく膨らんでいった。


「隣の席なんだねぇ。いいな~」

真尋たちは俺の席に集まった。真尋は肘をついてうらやましそうにこちらを見る。

「席替えのとき丁度一人の席だったんだし、仕方ないでしょ」

「運が夕緋に味方したんやな」

嫌味がましく洋一がそういう。

俺は所詮運しか持ってないし、自分じゃ何にもできないポンコツだよ...!!!

「みんなはいつもこうやって集まっているの?」

「うん」

るきくんの質問に四人揃って答える。

「仲がいいんだね」と他人事のようにるきくんは言うが

「るきも今日から友達」

と洋一が当たり前みたいな顔してそう言った。

「るきくんのことるきって呼んでいい?」

「いいよ」

「じゃあ、るきって呼ぶね」

相手ははじめから呼び捨てしてきたので、聞くまでもないかと思ったけれど礼儀として一応聞いてみた。

これからは4人のなかにるきが一人加わって5人になるのか。俺の隣にるきが来たっていう偶然で5人になるのであれば恵まれた偶然だな。

そんな風に思うけれど、そんなポエミーなこと言い出せるわけもなく...。

「なんだか、すごく黄昏てますね?夕緋?」

「えっ、マジで...」

「どーせ、くだらん詩でも考えてたんとちゃうか?」

思ったことがすぐ表情に出てしまう俺。みんなに図星をつかれた。

「ふふっ、面白いね、夕緋」

すると、るきはお上品に笑った。

そんなるきを見て、俺とるき以外の三人はなにやら不満気に顔を見合わせていた。


「一緒に帰ろう」

帰りの会が終わって、開口一番、るきはそういった。

目をキラキラと輝かせるものだから

「いいよ」

と答えることしかできなかった。

いつも下校はあの三人と一緒に帰っているので悪い気がするが、るきも一緒に帰ったらいいや。

安直な考えで教室を見回し、3人を探す。しかし、3人はどこにも見当たらなかった。

「どうかした?」

「あ、うん。洋一たちとも一緒に帰りたいから探してたんだけど...いないね?」

「下駄箱見てみようよ」

「そうだね」

るきは俺のことを心配してくれたのか、一緒に探してくれるらしい。

出会ってまだ一日も経ってないというのにこの優しさ、この長年連れ添って来た友達感...。おもしろいほどに(言い方は悪いが)俺に懐いている。

「下駄箱行こう」

るきの声で足は進み、階段を下りて、すれ違う生徒や先生にさようならと挨拶をしながら下駄箱についた。

「えーっと...平坂平坂...あ、嘘、靴ない」

「敬矢のもないよ」

「えー...うそ...真尋は?野尻...うわ~...ない」

指差ししながらじっ~っと下駄箱を出席番号順になぞっていくが、俺たちが探していた三人は先に帰ってしまっている。

「学童保育にはいってる?」

「いや、入ってないよ」

つまりは先に帰られちゃったってことだ。ハブられた?

「仕方ないよ、何か用事があったのかもしれないし。帰ろう」

「それもそうだな...まだ3時だし家に突撃すればいいことか」

言いながら、下駄箱から靴を取り出し、上履きを脱いで靴に履き替えた。

るきも履き替え終えると、立ち上がり、「行こうか」と呟いた。

「帰り道、一緒なんだね」

校門を出て右に曲がる。その足並みにるきも揃えてきたので家路は同じらしい。

「あ、そうだ、ちょっと遊んで帰らない?朝学校に来るときに見つけた公園があるんだけど」

「いいよいいよ、遊ぼう」

るきはにこっと微笑んで首をかしげる。今日一番の微笑みかもしれない。朝からずっと遊びたかったんだろうな...。

「でも、いいの?三人のこと。いっつも一緒だったんだよね?」

「うん。いくら友達といえど、全てをわかりきった仲ではないし、俺もたまに先帰っちゃうことあるから気にしてないよ。明日かいつか、謝れば済むことだし」

先ほどの言葉とは矛盾が生じることをるきは聞いてきた。

そんな風に3人と俺のことを心配してくれるのなら遊びになんか誘わないでくれ...。

しかし、おれの答えはそんな微妙な質問にもきちんと答えたものとなった。

ただでさえバカな俺がよくもここまで考えていると思うと、自分でもすばらしいと思う。3人のことが好きなんだと思う。


あれこれ話しているうちに、踏み切りも過ぎ、るきが遊びたいといっていた公園に着いた。

「あ、ここだよここ!!」

「うわーーー!!バボ公園だーーーー!!!るきも気になってたの?」

「うん!!」

俺たちの住んでいる住宅地に程近い公園であった。ここで三人ともよく遊んでいる。

バボ猫の銅像が置いてあったり、木がいっぱいあったり、とても魅力的な場所だ。

「ブランコのろう!」

そういって、るきははしゃぎまくっていた。

階段を駆け上がり、ブランコをいち早く見つけると、それ目掛けて一直線だった。

「夕緋もおいでよ~!!」

大きな声でるきは叫ぶ。

「うん、今行く~!!」

俺も叫んで、るきのいる方へと向かっていった。


日は次第に落ち始め、あたりは真っ赤にそまっていった。

その日の夕日はとても大きくて、オレンジが空に浮かんでいるようだった。

夕日は俺たちをどこまでも包んでいった。


「また明日。ばいばい」

るきは大きく手をふり、笑顔で帰っていく。

俺も手を振り「じゃーね!!」っと大声で叫んだ。

るきの姿が見えなくなると、大きい公園に一人。毎日不思議な冷静が訪れる。

さっきまで振っていた手を下ろし、見つめる。

つい一ヶ月前までは、この手を洋一たちに振っていた。

洋一たちとは、るきが転校してきた日以来、一緒に帰っていない。

学校の休み時間は話したり、遊んだりするものの、肝心の帰りはあのときのように先に帰ってしまっている。

悲しいと思う反面、るきと仲良くなれて嬉しいし、楽しいと思っている。

でも、楽しいと思えば思うほど洋一たちに悪いことをしているような気がして辛い。

不思議な冷静は共に複雑な感情を連れて来て俺を苦しめていた。


「あの」

「はい?あっ洋一たちだ...どうしたの?」

廊下ですれ違ったるきを引きとめる。

「廊下のど真ん中で話すのもなんやから」と、廊下の曲がり角の丁度死角になる場所へと移動した。

そこには横に長い椅子がおかれている。背もたれなしの公園にあるようなベンチ。

俺たち3人はるきを座らせ、るきの隣俺、そのとなりに敬矢、真尋というように腰掛けた。

「で、今日は何か用事があるの?」

「あぁ。あるで」

るきの純粋な問いに少し険悪な言い方で答える。

相手は特に表情を変えず、俺たちのことはどうでもよさそうに窓を眺めていた。しかも、足をぷらんぷらんさせながら。

「本題にはいろか、回りくどい言い方は嫌いやから単刀直入に言わせてもらう」

「うん」

「夕緋と少し距離を置いて欲しい」

「...」

「それは、どうして...」

「るきが来たのはいいんだけどね、今度は僕たちが夕緋と遊べなくなっちゃったんだよ」

ズバッと言って、「うん分かったそうするね」とはさすがになるはずもなく、るきはまた問うた。それに答えたのは珍しく真尋で、優しい口調が変な圧力を感じた。

「で、でも、距離を置かなくてもみんなで一緒に...」

「...分かった。前までみたいにいつも一緒ってわけにはしない」

敬矢が言い終える前に、それを遮るかのようにるきはしゃべった。

そしてベンチから立ち去ろうとしていた。

「待って...!!みんなで、5人で一緒に遊べばいいじゃないか!!」

敬矢は必死に叫んだが、るきは走り去り、振り返ることはなかった。

仲良くなりたかっただけなのに、なぜこんなにも上手くいかないのだろうか。

2人と俺たちとの間に薄く硬い壁が張られたままなのか。

もう一生2人とは遊べないのか?


「夕緋...!!」

「おっ...るき、どこにいたの...。探したんだよ」

何やら必死そうに走ってきたるきは勢いよく俺に抱きついた。

昼休みが始まってから全く姿が見えなかったのでとても心配していたのだった。

「教室、入ろう。話がある」

そういってるきは、教室に入るよう促すと席に着いた。

「さっきね、洋一たちと話してた」

「えっ...るきと洋一と真尋と敬矢?珍しいね」

とても珍しい面子に隠しきれない程驚く。

なぜるきに用事があるのだろうか。

「そこで、夕緋と距離を置いて欲しいって言われたんだ」

「...」

飛び上がるほど嬉しかった。

けれどこの嬉しさは今るきに見せてはいけないと、制御する。

「夕緋と距離を置いて欲しい」ということは、3人はるきが邪魔だと思っているということだろう?そのジャマなやつが距離を置けば夕緋と遊べる。そういう考えなのだろう。3人は俺のことを嫌いになったわけじゃなかったんだ。

夕方の冷静さと複雑な気持ちがぱっと消えて、スッキリした。

「洋一たちが怖い」

「...そうだよね」

俺はうれしいが、るきのことを考えるとなんともいえない気持ちになった。

でも今は、るきのことを優先して考えようと思う。

うれしさと交じり合ってそれはそれは気持ち悪くどろどろとしたものを吐き出しそうだったけれど。

「洋一たちもそんなに悪気があって言ったわけじゃないと思うよ」

「分かってるよ!夕緋と今まで仲良くしてた人たちだもん。悪い人なはずないよ。だけどさ...」

るきは柄にもなく叫んだ。

るきは俺のことを信頼していて、なおかつ洋一たちのことも好きになろうと努力しているようであった。

「でも、無理することないよ。洋一たちのことが苦手ならそれなりの関わり方でいいし。苦手な人はすぱって切り捨てるのも大事だよ」

「...」

「そうじゃない...」

「?」

さっきの言葉が地雷だったのか、るきは黙り込んだ。

「そうじゃない」ってどういうことなのか。

わからず仕舞いのまま昼休みの終わりのチャイムが鳴った。


その日から俺とるきの間では3人のことは全く話さなくなった。

るきが転校してきて一ヶ月と2週間程度。

前より遊ぶ機会は減ったが、相変わらず下校はるきと公園に寄っていた。休日はなかなか遊ばないけれど。


そんなある日だった。

「夕緋、一緒に帰ろう」

校門を出ると3人が待っていた。

洋一の言葉にはどうにもこうにも即座に答えることはできなかった。

「それは、るきも一緒?」

「当たり前」

「だったら遠慮しておく」

るきは洋一たちのことを怖がっていた。だったら帰らないほうが...。

るきのことを最優先して考えた結果がこれだった。

「俺たちのことは、どうでもよくなったんやな...!!」

「っえ...?」

洋一は俺の胸座をつかんだ。その目つきは今までに一度も見せたことの無い目だった。

「ちょっ、やめなよ洋一」

「そうです。夕緋がそういってるんですから」

2人は洋一をなだめる。洋一は手を離し、「そうやな」と呟いた。

すると3人は俺に背を向け、帰っていった。


3人が入れ替わるのと同時に、校門にるきがやってきた。

「遅くなってごめん!!日直の仕事があって...」

「...」

「帰ろう、夕緋」

「...」

「あっ、一人で行かないでよ!!待って」


「どうしたの...何かあったの」

「...」

「言わないとわからないでしょ?」

「...」

「ねえって...!夕緋!!」

「うるっさいな!!!!!!お前のせいで!!!お前のせいで!!!!!!消えて!!!!!!いなくなって!!!お前がいなきゃこんな風にならなかったんだよ.....!!!!!!!!!!消えろ!!!!!!!!!!!!」


俺がたまりたまった鬱憤を吐き出し、やっと顔を上げたころには、踏み切りのところまで着いていた。

俺は初めてるきに暴言を放った。今るきがどんな顔をしているか分からない。想像したくない。でもひとつわかるのは

「夕緋がそういうなら」

と呟き、踏み切りのほうへと歩いていっていることだった。

ぼやける視界にるきの背中、おぼつかない足取りで歩く俺は走るるきが何をしているのか理解できないほどおかしくなっていた。

るきは線路に立った。すると


カン カン カン カン カン カン


と大きな音が聞こえた。

踏み切りの音が指し示す意味は、線路に立ったるきと踏み切りの音は。


「あっあっ....!!!!るき、るき、るきるき!!!!!!」

精一杯叫んで精一杯手を伸ばし、精一杯叫んで踏み切りまであと少し。

遮断機が下り終えると、目の前にゴーっと風と騒音を感じた。


遅かった。

血しぶきがとんだ。俺の目の前でるきの体は飛ばされた。

手には少量の血がついていた。これはるきの血?

早まる心拍数とパンクした頭はショートしていく一方だった。

赤く染まった線路を見つめる。生生しい光景と血のにおいが気持ち悪くて。

とばされたるきの体を捜し抱き上げる。

血が。血が。こんなのるきじゃない。

あああああああああああああああああ...ああ...あ....あああ

るきが死んだ。




次の日

もちろん昨日ことは消えるはずもなく学校へいくことなんか考えもしなかった。

今ここにある状況。俺は人殺し。そういうことだ。

人殺しがのうのうと学校へ行っていいのか。そう思ったが、行かないのもまた責任逃れという雰囲気が出るので行った。


「なぁ、夕緋。るきは?」

「...」

「昨日のこと...あれは謝るから許してくれんか」

「...」

「どうしたの、元気ないね」

「そうですね、嫌なことがあったら触れないようにしましょう。朝の会もはじまっちゃいますから席につきましょう」

3人は近寄ってきて心配してくれた。それが嬉しいけど嬉しくなくてでも嬉しくてとりあえず変な気持ちに侵された。


ところで、みんなは昨日のことを知らないのだろうか。

隣の席のるきはもちろんいるはずもない。

るきが死んだこと。

すると先生が入ってきて、教卓の前に立った。

「みんなもう、ニュースなどで知っていると思う。昨日の夕方、踏み切りでるきくんの遺体が発見された」

3人は唖然としていた。目を見開き、泣くのをこらえているようだった。

正直聞いていられないし見ていられない。耳を塞ぎたい。


「夕緋!!!!!!!!!!!!!!おい!!!!!なんで黙ってたんや!!」

「だって!!!知ってるって思ったから」

「お前が、るき殺したんやろ」

「そんな、殺したわけじゃないだろう!?いくらなんでもひどすぎる」

「敬矢は黙っとけ!」

「洋一、あまり感情的にならないで」

「人が死んでるんやで、しかも、大事な友達が。感情的にならずに冷静な真尋たちの方がどうにかしてるんやないか!」

「はぁ?違う!!洋一だってあのときもっとちゃんと話してたらこんなことにならずに済んだかもしれないんだよ!?洋一だって十分人殺しだって!!!!!!」

「誰がこうとか争っても意味ないからやめようよ」

「お前が言うなや!!」

「それは僕も思う」

「俺だってわーわー喚きたいけどそんなの意味ないから言ってるんだよ!!分かれよ!!」

「冷静すぎるのもまた冷たいといわれるくらいならどうしろというんですか」

「ほんと、そうだよな。こんなの意味ないのに」

「夕緋てめぇ...!!」

「死ね。るきの代わり夕緋が死ね」

「真尋、そんな物騒なこと言ってもるきは生き返らないし俺は死なない」

「開き直るなバカ」

「死ね」

「クズ」

「人殺し」

「バカ」

「死ね」

「アホ」

「死ね」

「...こんなくだらないことをするのであれば僕はもう帰ります。さようなら。呆れました」

「永遠にさよなら」

「うわ、くだんね。子供かよ洋一」

「うるせえ黙れ」

「帰る。もういい。るきのこと夕緋が一番分かってるって思ってたのに」

「はあ、なんなの」

「意味分からない」




今に至る。